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OIRAという天才に出会ったかもしれない話

 今年3月の終わり。初めてお会いするブランドの展示会に向かった。指定された住所をGoogle Mapへ打ち込み、電車に揺られ、どの町にもあるような住宅街を指示通りに歩く。

 ごく普通の住宅に囲まれる中で、不意に異様な景色が訪れる。白い立方体が不規則に点在する区画。会場である"もりやまていあいとう"に辿り着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

"OIRA"というブランド。いくつかのセレクトショップに並んでいる一方で、派手に売り出されている形跡はない。それでも、店主方それぞれが雄弁に熱弁する様を見て、すごく興味を惹かれていた。

 ブランドのオフィシャルサイトには、いわゆるコレクションルックの他にインスタレーションやデジタルを活用した平面表現といった芸術活動の記録、古典的な言い回しをした創作雑記が綴られている。よくわからない文章。現代の簡易化しきったメディアにばかり触れている脳にはなかなかインプットしきれない難解さがあり、ともすれば3秒足らずで離脱されそうなこの文字使いに不思議な引力を感じてしまい、気づけば何度もスクロールを繰り返していた。何度かこのサイトを訪れているうちに、この春夏から卸売りを始めたという記述があったが展示会は既に終えられ、秋冬の展示会を待ち望んでいた。

 

 

 

区画の外れに春夏向けのコレクションが飾られた箱を見つける。僕が見にきたのは秋冬なのだけれど、服が飾られているし、ここが会場だろう。エントランスのような入り口は無く、よくあるガラスの引き戸がある。入り口だろうか。ガラガラと戸を開けて、「こんにちは」と声をかけてみると、見事にこだまして消えた。

トイレにでも行っているのだろうか。そのような扉はどこにも見当たらない。ひらけた正方形と高い天井。あっさりと作り込まれた会場。

人が戻ってくるのではないかと少し時間をおいてみる。約束の時間を過ぎたが気配は一向にない。敷地内を少しだけ動いてみると、足音の聞こえる別の箱を見つける。区画内で一番大きく高い箱。母家だろうか。脱がれた靴がある。ここかと気付きもう一度声をかけると、「髙橋です。」と一人の男性が現れた。想定よりも若く、静かな男性だった。

 

 

 

「すぐわかりました?」「いや、全然わかんなかったっす」なんてやりとりをしながら先ほどの箱に戻される。「ここがこの春夏のコレクションなので、よかったらこちらから見てみて下さい。在庫があるものは即売も可能です。僕はやることがあるので後ほどまたご案内します。」と、一人取り残されてしまう。静かな空間に展示品と共に取り残されると、何か別の意図を探ってしまう。どこかから監視されているのではないだろうか。一挙一動を記録されているのではなかろうか。まぁそんなことをする意味もないだろうから、いつも通りに服に触れてみる。

 

 

服から感じ取った第一印象は「すごい生地」。二つ目の印象は「変な形」。大半の場合、すごい生地を使うと、その生地を曇らせない為にシンプルな形に落とし込む。しかし、この時に並んでいたOIRAの洋服は、変なパターンだったり、見たこともないボタンだったり、非大衆的なサイズバランスだったりしていた。服作りに対する固定概念の無さに触れて、「ああ、これも彼の芸術表現の一つなのだろうな」と妙に納得がいった。戻って来た彼から簡単に説明を受けて、また取り残されて、一通り袖を通してみる。簡単に売れるものではないと直感する一方で、自分自身が本当に欲しくなっている。そのビジネスと趣味の狭間みたいなところに興奮した瞬間、自分がやりたいのってそういうお店だったなーと再確認する。

 

カメラを持っていなかったのが惜しい。曇天が惜しい。

 

あらかたを済ませた後に母家へ移動し、次の秋冬の衣服を見せてもらう。他にも関係者が来客しているようで、髙橋さんは出たり入ったり、登ったり降ったりを繰り返しながら、要所要所で説明をくれる。本コレクションのテーマを聞き、ステートメントに目を通す。襟の形が無作法なコート。肩の浮いたフーディ。ポケットフラップがうまく畳めないベストを見ていると「このポケット、開くと立つんですよ。」と楽しそうに説明される。固定概念の生むネガティブさが、自由の持つポジティブに上書きされる瞬間。「洋服はこうあるべきだ」ではなく「洋服はこうあっても面白い」。

 

ふとしたタイミングで彼のこれまでを聞いてみた。文化服装学院に一年だけ通って基礎を覚え、その後は小道具屋に勤める傍らで古い生地を集め、自ら縫って少量ずつ洋服を作ってきたのだそう。なるほど、固定概念なんてないわけだ。このキャリアは、無学故にひたすらにチープな製作に繋がる両極的な怖さがある。しかし髙橋さんは、それを持ち前の探究心と独自性と表現力で物にしている。端的に言うと”天才肌”のタイプだと感じた。

 

彼の中の製作意図に「着やすい服」「売れやすい服」という要素はきっとない。あったとしても大きな比重ではないだろう。あくまでも自己表現の手段であり、その中の一つが「服」であったり、「文」であったり、「オブジェ」であったり、「画」であって、その集合体が"OIRA"なのだろう。それらをひっくるめて「オイラ」と指しているのだろう。

 

 

 

 

生活に寄り添って豊かにしてくれる洋服も僕は大好きだし、実際にそんな服の活躍の場は私生活においても多い。その一方で作り手の我儘が色濃く反映された、娯楽的で嗜好的な、生活の余白に眺める服(自分の姿も含めて)も一興と思って探し求めてしまいます。僕らは人と違うことに美学と悦を感じてわざわざ高い洋服を買っている側面もあるはずです。

誰にでも受け入れられるとは全く思っていないし(そこが良い)、魅力を感じる人は極わずかに限られる(そこも良い)。十分にわかっている上で、この面白さを提案させて下さい。

 

以下、急遽買い付けさせて頂いた、OIRA 2024 春夏です。買い付けに限りがあって4点だけ、1点は旅立ち、1点は買い手が決まっていますが、ぜひご覧ください。

 





ノスタルジックな木綿の生地に楕円の織柄、大きな千鳥柄を染め付けた生地。大胆なスタンドカラー、歪に膨れた貝ボタン、肩の上に余らせた布がひらひらと揺れる。執念を感じるピッチの手まつり縫い。明治初期のようなムードを飾った生地と昭和の縁側みたいに気の抜けたシャツ。Sold out。

 

 

 








このコレクションの顔となるセットはイギリス軍から。ジャンプスーツをセパレートしたオーバーパーカーとグルカパンツ。青さはインディゴ由来ですが、製品染ではなく糸段階から染められた物を濃淡の違いで使い分け、数種の織柄を組み合わせることで縞模様を作り出しています。オーバーパーカーはHold、グルカパンツは販売中。




中国で500年以上の歴史を持つ、香雲染という伝統工芸。大陸の野蚕から取った太いシルクで織り柄を作り、何十回も染めと晒しを繰り返し、さらに数年寝かすという途方に暮れる生地。古くは貴族向けだったそうです。センターにはイタリアの少し古いデッドストックの生地を挟み込んでいる。古からきたような重たい面構えの生地なのに、トラックパンツみたいな軽さが気に入っています。販売中。




表現の一つとして仕立てられた洋服たち。あまり蘊蓄的に記述して、付加価値盛り盛りで伝えるよりは見てもらった方が早いと思ったので、ほどほどにしておきました。本音を言うと冒頭で既に書き疲れていました。

こうやって着てみると、動いてみると、キャラクターの強さに改めて心が奪われます。ぜひ、店頭でお試し下さい。来られない距離だけど我慢出来ない方は、何かしらで説明させて頂きますのでご連絡をお願いいたします。

 

 


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𝐂𝐎𝐄𝐋𝐀𝐂𝐀𝐍𝐓𝐇

 

𝐴𝑜𝑦𝑎𝑚𝑎 𝑂 𝐵𝑙𝑑𝑔 2𝐹 201

2-3-3 𝑆ℎ𝑖𝑏𝑦𝑎 𝑆ℎ𝑖𝑏𝑢𝑦𝑎-𝑘𝑢, 𝑇𝑜𝑘𝑦𝑜.

0343354224

 

[ 𝑜𝑝𝑒𝑛𝑖𝑛𝑔 𝑜𝑢𝑟𝑠 ] 1 𝑝.𝑚. - 7 𝑝.𝑚.

[ 𝑡𝑢𝑒, 𝑤𝑒𝑑 ] 𝑎𝑝𝑝𝑜𝑖𝑛𝑡 𝑜𝑛𝑙𝑦.

 

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