ブルーに憧れて | BOHYA

 




 デザイナーのGakくんとの出会いは、以前に彼がcoelacanthで取り組んでいる別のブランドのデザイナーを務めていた時のことだった。知人から「coelacanthが好きそうな面白いブランドがあるんですが」と紹介を受け、3シーズン目を迎える展示会へ伺った。コレクションの内容も素晴らしく、こうしてまた新たな才能に出会えたことが嬉しくて、それなりの型数で買い付けた。その中でやたらと気を惹かれた一型のスラックスがあった。奇を衒うこともなくただひたすらに端正で、生地の美しさをありのままに伝えたワイドスラックス。特別なデザインが施されているわけではないのだけれど、手に取った瞬間に仕立ての良さが伝わってきた。裏返して縫製仕様を確認したわけでもなく、文字通りに手に取るだけでわかるほどのものは、そうそう出会えない。初めて見るブランドだと尚更に。


 納品されたタイミングでたまたま来店されたお客様達に気に入られ、そのスラックスは瞬く間に完売した。写真に残すことも叶わなかった。まだ取扱店も少なく、シグネチャーとされるのは別のボトムスだったことも相まって流通量は限られ、この膨大なデータの海の中でも殆ど記録は残ってないだろう。そして、次のシーズンの展示会でそのスラックスは姿を消していた。復刻してもらえないだろうかと熱意と評判を伝えるも、当時のcoelacanthでは実現出来ず、いつの間にか彼はそのブランドを退任していた。


 それから幾らかの時間が流れたとある日のこと、彼が新たにブランドを立ち上げることを知った。"BOHYA"という名前と、独特の侘しさが満ちた写真。展示会が決まったら呼んで欲しいと、すぐにメッセージを送った。「その時はぜひお声がけさせて下さい!」と快い返事が来た。

 

 半年と少しの時間が流れ、約束通りに招待状が届き、満を持して展示会に臨む。近況報告の後に目を向けると、背筋を伸ばして静観しているような佇まいのスラックスが目に入った。瞬時にあの時の高揚が蘇った瞬間、彼が「田島さんが待っていたやつです」と言いながらにやりと笑った。


 新たなブランドとして作られる以上、形も素材も以前の物とは勿論違う。しかしながら、彼の作るスラックスには、既に絶大な信頼がある。履くまでもなく、手に取ればまた作りの良さが伝わってくる。"MAKOTO TROUSERS"。彼の敬愛するイラストレーターから名前を拝借したそうだ。大きく広がるパターンをしなやかなウールがなだめながら、静かにドレープの波を立てる。相変わらず本当に良く出来ている。文句はない。悩むこともなく買い付けることは決まっていたのだけれど、ようやくまた手にする機会が出来たんだから別の姿でも見たい。生地が立つような、もう少し強さのあるウールで作ってもらえないだろうか。思い切って別注を依頼してみると、彼はまた快く承諾してくれた。後日、「1stから別注なんて言って来たのcoelacanthだけですよ」と笑われた。







 BOHYAの根幹にあるのは自身の投影だと言う。その実体を知りたくて、今回の撮影では彼の自宅を舞台とさせてもらった。最寄り駅は自宅から2駅。お互いの家が駅に近いこともあり、移動した時間はDOOR TO DOORで僅か10分。身軽なコンパクトカメラに逃げず、ダンベルのように重たいフルサイズカメラを抱えて向かうことが出来た。玄関を開けるなりに通された広いリビングはモデルルームみたいに整えられていて、それでも所々に愛嬌があり、彼の趣味嗜好が点々と浮かんでいる。壁面いっぱいに並べられた音響機材とジャズのレコード。逆側には数々の書籍。古い家具。アート。観葉植物。外を見ると首都圏とは思えないほどに青い空が大きく広がっている。端正で洗練された彼のクリエイションの由来が、紐解かれたように腑に落ちた。


 撮影を終え、皆々がアルコールを口にし、彼に選曲されたジャズが心地良く空間を包み込む中で、自身のクリエイションの在り方を語ってくれた。ミュージシャンでも作家でもなく、洋服の道を選んだ理由。音楽は外に持ち出さず、1983年以前の録音はレコードで、それ以降はCDで聞いていること。村上春樹の作品は全て初版で揃えていること。レコードは同じタイトルでも鳴りの違いでレーベルを厳選していること。テレビを置かないこと。小さな不満点まで許すことのないよう、パターンは人に頼らず全て自分で完結させること。そして、決して何かをトレースしないこと。価格の大小を問わずに妥協を許さないこと。自身の集大成として、自ら旗を上げ、信頼できる人たちと物づくりがしたかったこと。ジャズ、レコード、紙の書籍、古いスピーカー、フィルムの写真、古着。遥か昔に生まれたものたちが纏う古びた匂いと風合い。それらが未だに愛されていることへの憧れ。フィジカルとアナログへのリスペクト。


 これだけ技術と利便性が進化した現代において、半ば足枷のようにも感じられる頑固な拘りが、妥協なくプロダクトに宿り、そしてBOHYAの世界を構築させる。僕が抱く彼のクリエイションへの信頼が、感覚だけではなく言語化された。それぞれの熱意をぶつけ合っていたら、いつの間にか4時間が経過していた。


 その若さでは珍しく、様々なブランドの前時代的な環境下でデザイナーを務めてきた経験(彼は過去のネームバリューを付加価値にすることを嫌うので、ここでは伏せさせて頂く)。人によっては即座に逃げ出してしまいそうな、皮肉にもある種の恵まれた環境で育まれた感性と技術が、自身のブランドとなったことで伸び伸びと研ぎ澄まされたように感じる。自身がこよなく愛する、古くから馴染み、生活に根付いてきた「親密さ」を志した洋服たちは、ビジネスとしての枠組みから飛び出して、芸術にも似た自己表現として現れている。



田島さんは絶対ECMのレコードが好きですよ、と勧めてくれた。大層に気に入った。

 

 

 

 時は少し戻り、今年の初夏に開かれた27SSの展示会。BOHYAとして迎える2度目のコレクションは、彼のジャズへの愛がより色濃く投影されていた。一番に興奮を覚えたのはシルクを織り上げたデニム。そのシルクデニムで仕立てたテーラードジャケット。黒々と深いインディゴに、初春に芽吹いた山々のようにぽつりぽつりと顔を覗かせるネップ。組下に用意されていたのは意外にもショーツだった。テーラードとショーツのセットアップ。洒落ている。洒落ているけれど、やはりフルレングスが欲しいと依頼したのが、シルクデニムの5Pジーンズ。村上春樹を敬愛するあまり、ジーンズに大きな執着がある彼だからこそ作って欲しい。共地のテーラードとジーンズ。生地は同じでも、対極にあるような文脈のセットアップ。面白いじゃないか。格好良いじゃないか。名称はアメリカの女性ジャズシンガーBillie Holidayから拝借し、"BILLIE 5P JEANS"となっていた。

 

 


 

 

 9月26日(土)、27日(日)の二日間で、"BOHYA"との催事を行います。EX for coelacanthとなる"MAKOTO TROUSERS EX"の発売と"BILLIE 5P JEANS EX"を含む27SSコレクションの展示受注会を2日間に濃縮させてご紹介させて頂きます。BOHYAチームにも助っ人をお願いしていますので、談笑しながらお楽しみ頂けると嬉しい限りです。

 プライスは両品番共に66,000円(税込)となり、"MAKOTO TROUSERS EX"は即売、"BILLIE 5P JEANS EX"および27SSのインラインコレクションはオーダー制。オーダー時にはデポジットとして商品金額の30%のお支払いをお願い致します。

 

 

 

 

 

 

 彼は自身のプロダクトをレコードや書籍に例える。洋服は本質であり、言うなれば音楽や文章。ロゴやLOOK、SNSはジャケットや装幀。ネームタグやプライスタグ、品質表記といったものはライナーノーツに当たる。彼の作る洋服を隅々まで見ることで、その細部に宿った美学に気付くことができる。

 

 伝えたいことが多すぎて、過去最大の文量となってしまった。まとまり悪く読みづらい箇所もあったかと思う。正直に言うといい加減疲れてしまったので、最後に彼からのメッセージの中にあった言葉を抜粋して閉じたいと思う。彼が書き綴ったnoteも人となりが伝わるようで愉快なので、お時間のある方は読んでみて下さい。


 『言葉ではなんとも言える、モノは言いよう、こういったブランド紹介には付き物。どんなモノもパッケージング次第で売れるこのご時世、試されるのはセンスとブランドの世界観、その発信だと思います。そしてその世界に存在する洋服は、独立的で、質実剛健で、清閑な佇まいを持っているべきだと考えます。

 私は、BOHYAがファッションという大きな渦の中の小さな窪みであってほしいと思います。その窪みを知った人達が、渦の中からそこに留まれるような世界、コミュニティを作り上げたいと考えています。』

 

 

 

 


EXHIBITION "BOHYA" at coelacanth

 

9.26 sat , 9.27 sun

1 p.m. - 7 p.m.

東京都渋谷区渋谷2-3-3 青山Oビル 201


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